2008年7月 8日 (火)

りす?

しっぽがぼわぼわで、走る後ろ姿はりすのようです。

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「猫だっつうの(ぎろ)」(すみません)

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2008年7月 7日 (月)

くずれた靴

昨日、ヨガマットを持ち、サンダルを履いて、
颯爽と歩きだしたら、
足もとがグニャリとする感覚がありました。

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えー。
サンダルの底が、かんぺきに崩壊しています。
これにはびっくり。

大学卒業後、初めて勤めた会社の出張で
パリに行ったときに買ったものです。

すごく履きやすくて、日本で同じブランドを必死に探したのですが
なかったのでした。
8年間、ご苦労さまでした。

2008年7月 6日 (日)

続・蔓(もみじ葉ルコウソウ)

先日、
蔓が巻き付きはじめたという話をしましたが、

<翌日> 4巻き目
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<4日後> 数えきれず
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ものすごい勢いで、巻き付いてます。

ビニール紐を一本たらしておいたら、
もう片方の蔓(=弟)が「ぼくもー」といわんばかりに隣りのルコウソウ(=兄)と同じ紐に巻き付こうとしたので、慌てて紐をもう一本提供。すると4日後には、兄に追いつけ追い越せ、みるみる登ってまいります。

正体不明の、この植物。
ミステリー好きの自分ですが、いいかげん「素性がわからない」とか言ってないで
ちゃんと名前を調べようと考え、
さきほど「もみじ葉」「花」などでググってみました。

すると…

もみじ葉縷紅草(モミジバルコウソウ)

が、ヒット!

これです!私が見たの。
ロウト状の赤い花がたくさん咲いていました。
このサイトの記事を書いた方は、大木がこの植物にからみつかれて「もみじ葉ルコウソウの木」のようになっているのを見たのだとか…

そ、それでこんなスピード。
今はビニール紐をつたっていますが、遠からずカーテンレールまで達するような気がします…

(つづく)

振り向いたらカモシカがいた

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我が家で、大笑いした記事です。
日経新聞7月4日朝刊(たぶん)より。

かわいい。

2008年7月 5日 (土)

トマト繁殖(葉のみ)

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ちまたの園芸屋さんで売っているトマトの苗は
15センチくらいで緑の実がたわわに実っていますよね。
しかし、我が家のトマト。
こちらもう、1メートル超え。

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これは、なんでしょうか。
花?
むむむ。

2008年7月 4日 (金)

ハーブ、食す。

どう見てもオーガニック野菜には見えない
貧相でもやしもやししたハーブを
ベランダで育てていました。
食べる勇気がなかったのですが…

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今晩の夕食に登場。

いいんじゃないですか、イタリアンパセリ。

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意外に美味しい!

いなずま

今晩の稲妻、すごかったですね。

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まったく関係ありませんが、ランチに
創作薬膳 TURU菊
という西永福のお店に行きました。
白にがうりなんかが入っているカレー、棒棒鶏うどん等。
独創的で美味しかったです。

2008年7月 3日 (木)

池田晶子さん追悼

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昨年の2月に亡くなった、池田晶子さんの著書
「あたりまえなことばかり」
を、
ここ数日、読み返しています。


かつて、27歳で、身も心も疲れ果てていた私にとって、
池田晶子さんの言葉は、福音そのものでした。

処世訓でもなく、むずかしい哲学の話でもなく、
ひらがなの多い平易な言葉に導かれてついていくと、
いつのまにか、幸福も生きていることも全部解体された
認識の世界にたどりつく。
その不思議さに、夢中になりました。

「目に見えないものは存在しないという人でも、そう言うことで明らかにある考えを述べているわけです。考えそのものはどう考えても物質じゃないですね。さらに感情そのものは物質ではない。誰も感情に触ることはできません。あるいは言葉や意味も物質ではない。しかし明らかに存在しているものである。書物、活字というものは見て触れるものとして存在しますけど、それらを読み解くところの考え、意味そのものはどこに存在しますか。」

ときに、冷たくさえ感じられる論理論理の応酬。

でも、言葉に信頼性があるという意味では、
池田晶子さん以上のひとを私は知りません。

レイモンド・カーヴァー著「夜になると鮭は…」のあとがきで
訳者である村上春樹が、カーヴァーのことを
リライアビリティー(信頼性)のある作家であり、
これは使う言葉ひとつひとつに信頼性がなければなりたたない作家
という職業においては、必要不可欠な資質だと書いていました。

まさに、池田晶子さん。
メタフィジカル=目に見えないものを語る、なんてうさんくさい。
だからこそ、その言葉が信頼にたるものかどうか、がすごく重要であり、
それが信頼にたるものであると感じれば感じるほど、
言葉の向こうに、宇宙のような優しさが染みだしてくる。
私にとっては、そんなマジカルな書き手でした。



「不思議だったということを忘れる、
本来はわからないことだということを忘れてしまう。」

でも、長いあいだ、読んでいませんでした。
1週間前に、なんとなく手に取って、自分に失望。
「何が書いてあるのか、さっぱりわからない」と思ったのです。


子どもの頃から、妄想・論理ごちゃまぜで
「考えて」ばかりいた自分は、
「私考えたんだけど…」と言うのが口ぐせであったくらい、
考えることが生活そのものでした。

そして大人になっても、自分とも社会とも折り合えず、
一週間に60キロ走ったり、半年眠ったりしながら、
仕事を辞めたり始めたりして、32歳になりました。

32歳の自分は本当に幸せで、おっとりしていて、
畳でうたたねをしながら、はるか遠い過去のように、かつての大変だった日々を思い出したります。
よぼよぼのお婆さんが、昔を懐かしむみたいな感じです。

池田晶子さんの言葉の意味が、さっぱりわからなかったのは、

それらを読み解くところの考え、意味そのもの

…が、失われたため。

ということです。


不思議だったということを忘れる、
本来はわからないことだということを忘れてしまう。


それを避けるために、
私は27歳のころ、必死になにかを紙に書きつけていたのに。

小学校2年生の時、
強い日差しの下でドッヂボールをしていた自分が、
この瞬間を覚えていなければ、この瞬間はやがて、どこにも
存在しなかったものになってしまうんだ、と気づいたこと。

覚えていよう、忘れずにいようと思ったあの瞬間を、今、
お婆さんのように、
夢と現実のあわいに、思い出そうとしています。

2008年7月 2日 (水)

以前、素性の知れない植物を種から育てているという話
をしましたが、ぐんぐん育っています。迷うことなく。

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「あ!つる(蔓)!」と、
茎の先端から伸びている細長いものを発見したのが、
昨日ぐらい。

「もしかして、巻き付きたいんじゃ…」と
私にしてはかなり敏感に空気を読んで、
応急処置的にカーテンレールからビニール紐を
鉢のそばにたらしてみました。

すると…

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…なんと、もう巻き付いています。
処置をほどこしたのが夕方6時くらいだから、
2時間後には、いそいそと近づいていらした
ことがわかります。蔓さん…

そんなに…巻き付きたかったんですか。
植物の神秘に触れた思いです。

2008年7月 1日 (火)

かわいいポーズ

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振り向くと、もっとかわいいです。

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